現代影絵プロジェクトが「名前」に刻んだ、江戸の光と人の情

こんにちは。今日は少し腰を落ち着けて、私たちの活動名――「現代影絵プロジェクト」という名前にまつわる、少し長いお話をさせてください。

よく、周りの方から聞かれることがあるんです。「なぜ『プロジェクト』なんていう、現代的で少し硬い名前をつけているの?」と。中には、私たちの活動を案じてか、「もっと由緒ある、伝統を感じさせる名前に変えたらどうだ」とアドバイスをくださる方もいました。心ない言葉として投げかけられたことも、正直に言えば一度や二度ではありません。

けれど、私はそのたびに思うのです。この「プロジェクト」という言葉こそが、私たちが暗闇の中で見つけ出した、唯一無二の灯火なのだと。この名前を使い始めたのは私たちが最初でしたが、そこに込めた意味は、今世の中にある同じような響きの言葉とは、少し毛色が違うかもしれません。

孤独な旅の始まりと、閉ざされた扉

私たちの活動は、私の個人的な江戸写し絵の資料を探す旅から始まりました。江戸写し絵。それはかつて寄席や村祭りで人々を熱狂させた、日本独自の映像文化です。しかし、その実態を調べようとした時、私は愕然としました。歴史の表舞台から消えかかっているこの芸能には、体系立てられた資料がほとんど残っていなかったのです。

どこに行けばいいのか、誰に聞けばいいのか。看板を背負った研究者でもなければ、名門の家系でもない、ただの個人である私が、江戸の幻影を追いかける。それは、地図を持たずに砂漠を歩くようなものでした。

専門家や研究家が歩むような険しい道を、たった一人で歩き始める。当然、世の中は甘くありません。個人に協力してくれる人なんて、最初は一人もいませんでした。資料は散逸し、あるいは個人の蔵の奥深くに眠り、その存在すら定かではない。私は門前払いされることを覚悟で、各地を歩き回りました。

何度も何度も、頑なに資料提供を断られました。「あなたに何ができるのか」「どうせ一時の興味だろう」――言葉にされずとも、閉ざされた扉の向こうからそんな視線を感じる日々。信頼していた方に裏切られ、足元が崩れるような思いをしたこともあります。信じていた繋がりが、ふとした瞬間に指の間からこぼれ落ちていく。その喪失感は、言葉では言い表せないものでした。

でも、今振り返れば、その拒絶や孤独こそが私のエンジンになりました。個人だから協力してもらえないのではない。私の情熱や、取り組む姿勢がまだ相手に届いていないだけなのだ。そう自分に言い聞かせました。

伝える力の不足と、再出発の誓い

「名前を変えたら?」と言われた時、私は不思議と恨み言を抱くことはありませんでした。きっとその方は、良かれと思って、あるいはその場の勢いで口にされたのでしょう。あるいは、あまりにも私のやっていることが危なっかしく、伝統芸能という重みにそぐわないように見えたのかもしれません。

それよりも、私は自分の非力さを痛感していました。もし私が、江戸写し絵の持つ伝統の重みを、その美しさを、もっと鮮烈に提示できていれば、相手もそんなことは言わなかったはずだ。名前に注文をつけたくなるほど、私の伝える力が小さかったのだ。そう思ったからです。だから、恨む暇があるなら、もっと頑張ろう。もっとこの道の奥深さを証明しよう。そう心に誓いました。

現代影絵プロジェクトという名前を、あえて変えずに使い続けている理由。それは、私たちが最初から完成された何かを披露するのではなく、未知の領域に対して仕組みを構築し、形にしていく意志そのものでありたかったからです。

私たちのプロジェクトの由来はこうです。 「何度も調べて、失敗しないように仕組みを考え、決してあきらめず、失敗してもそこから学んで一つの物にする」 この一文に尽きます。

伝統とは、ただ守るだけではいつか途切れてしまいます。資料がないなら、ないなりに足を動かす。断られたら、熱意を伝え続ける。失敗したら、なぜ失敗したかを徹底的に解析し、二度と同じ過ちを犯さないための仕組みを新しく作り直す。この泥臭い、試行錯誤の反復こそが、私にとってのプロジェクトという言葉の本質なのです。

暗闇の果てに手に入れた、本当の財産

そうして熱意を込めて、一歩ずつ、泥を這うようにして活動を続けていくうちに、少しずつ変化が訪れました。何年も通い続け、こちらの本気度が伝わったのでしょうか。 「そこまで言うなら」と、頑なに口を閉ざしていた方が、ついに貴重な資料を見せてくださった時のあの手の震えを、私は一生忘れません。

その時、私は単なる知識を得たのではありませんでした。その方の背負ってきた歴史や、「この人になら託してもいい」という人の情、その重みを受け取ったのです。一人の熱意が、冷え切っていた壁を溶かし、温かな繋がりへと変わった瞬間でした。

私たちがこの険しい旅の果てに手に入れたものは、決して技術だけではありません。江戸の職人たちが魂を削って作った芸術品である種板。それはただの古い板ではなく、当時の人々の驚きや笑いが封じ込められたタイムカプセルのようなものです。 そして、それ以上に価値があるのが、先人たちが守り抜いてきた膨大な知識であり、苦難を共にしてくれる人とのつながりです。

これらは、どれもお金で買えるものではなく、名前を立派に飾ることで手に入るものでもありません。手の届かないところにある星を掴もうと、必死に手を伸ばし続け、指をすりむきながらも決して諦めなかった者だけが、ようやく触れることのできる宝物なのです。

創作の奥深さと、これからのこと

私たちは今、公演をお休みしています。表舞台からは少し離れていますが、このプロジェクトは片時も止まっていません。 今は、手に入れた種板の一枚一枚に宿る物語を静かに読み解き、次なる仕組みを考えるための、非常に大切な準備期間です。資料がなかったあの頃に比べれば、今の私たちには多くの「種」があります。それをどう芽吹かせるか。そのための土壌を、より強固に、より深く耕している最中です。

江戸写し絵という、かつての人々が見た夢。それを現代に生きる私たちがどう解釈し、どう次の世代へ手渡していくか。それは終わりなき挑戦です。時に裏切られ、時に名前を否定され、それでもなお、失敗から学んで立ち上がる。その積み重ねの先にしか、本当の創作の喜びはないと信じています。

もし、皆さんが今、何か手の届かないと感じるものに直面しているのなら、私たちのこの無骨な歩みを思い出してください。立派な看板も、完璧なスタートも必要ありません。 ただ、決してあきらめず、失敗を糧にする仕組みを作るという心構えさえあれば、いつか必ず、誰かの情熱と繋がり、暗闇の中に鮮やかな光を描き出すことができるはずです。

私たちはこれからも、現代影絵プロジェクトであり続けます。 江戸の知恵と現代の熱狂を繋ぐ、終わりのない試みとして。この名前に誇りを持ち、再び皆さんの前で写し絵の魔法を披露できる日を目指して、一歩ずつ進んでいきます。


このブログを読んで、少しでも写し絵と、創作の奥深さに興味を持っていただけたら嬉しいです。ぜひ、私たちの活動や公演(現在お休み中)にも注目してください。 現代影絵プロジェクトのウェブサイトはこちら: https://utsushie.org/ また次回の「写し絵の話しあれこれ」でお会いしましょう!