風が運ぶ隣町の影 ― 扇山火災から考える

現代影絵プロジェクトです。 ここ数日、連日ブログを投稿していますが、今日も今お伝えしたいことを綴ります。

あきる野の街を歩いていても、あるいは少し足を伸ばして檜原村の深い谷間に身を置いていても、どこか落ち着かない空気が漂っているのを感じます。皆さんは、いかがお過ごしでしょうか。

2026年1月14日現在、私たちのすぐ隣、山梨県の上野原市と大月市の境にある「扇山」で、大きな山火事が続いています。発生から一週間。ニュースでは連日、焼失面積が190ヘクタールを超えたこと、そして今もなお完全な鎮火には至っていないことが報じられています。

あきる野から見れば、山梨は「お隣さん」です。でも、私たちはついつい、地図の上に引かれた「県境」という線を、絶対的な壁のように思い込んでしまいます。「向こう側の出来事だ」と。けれど、今回吹き荒れた風は、そんな人間の都合で引いた境界線なんて、いとも簡単に吹き飛ばしてしまいました。

谷を抜ける風の正体

先日、檜原村の山間部に入った時のことです。 ふもとの市街地では、冬の穏やかな日差しがあって、風もほとんど感じられない「凪」の状態でした。ところが、一歩谷筋に足を踏み入れた瞬間、空気が一変したんです。

そこにあったのは、単なる「そよ風」ではありませんでした。 山と山の狭い隙間を縫うようにして、加速度を増した透明な質量が、唸りを上げて通り抜けていく。時折、バキバキと音を立てて剥がれた樹皮や、乾燥した枝が礫(つぶて)のように飛んでくるほどの突風です。

これが「局地風」の恐ろしさなのだと、肌で感じました。 扇山の火災がこれほどまでに長引いている最大の原因も、この「風の力学」にあるといいます。山火事において、風は火に酸素を送り込み、火種を巨大な獣へと変貌させる「動力」そのものです。地上では微風であっても、地形によって加速された風が火を煽り、消火活動を拒むのです。

「風呂」に宿る、先人の知恵と火への畏怖

私たちのプロジェクトが扱う「写し絵」の世界を振り返ると、かつての先人たちがいかに火と密接に、そして慎重に付き合ってきたかが見えてきます。

江戸時代から続く写し絵の投影機は、通称「風呂」と呼ばれます。 現代の私たちのステージでは、安全性や利便性を考えて電気(電球やLED)を使っていますが、昔はそうではありませんでした。木で作られたその箱の中には、種油を灯した灯明が置かれ、本物の「火」を光源にしていたのです。

小さな箱の中で火を灯し、レンズを通して闇の中に光を投げかける。その時、箱の中では繊細な気流が生まれます。先人たちは、その小さな火が消えないように、かつ箱を焼き尽くさないように、空気の通り道を読み、絶妙なバランスで光を操っていました。

私たちの活動は、いわばこの「小さな火」を制御し、美しさに変える文化の継承です。 けれど、今、扇山で起きているのは、その制御を完全に失った「剥き出しの火」の姿です。 自衛隊のヘリコプターが空中消火を試みても、強風下では人間がなし得る対抗手段は極めて限定的になります。

写し絵の「風呂」の中にあった、掌(てのひら)に乗るような火。 そして、山肌を漆黒の影へと変えていく、190ヘクタールの火。 この二つは、地続きの存在なのだということを、風が運んできた煙の匂いが教えてくれているような気がしてなりません。

住宅まで30メートル。薄氷の上の「清潔な暮らし」

今回の火災で、驚くべき、そして恐ろしい事実が報じられました。 強風に煽られた火の手が、一時、住宅からわずか30メートルの地点まで迫ったというのです。30メートルといえば、ほんの目と鼻の先です。

私たちは普段、コンクリートやアスファルトに囲まれ、不燃性の材料に守られた「清潔で安全な暮らし」を享受しているつもりでいます。でも、一歩外側の山が燃えれば、その熱と火の粉は、行政区画も庭の柵も軽々と飛び越えてきます。

現代影絵の視点から今の暮らしを見渡すと、皮肉なパラドックスが見えてきます。 私たちは今、非常に燃えやすいものに囲まれて生きています。物流システムが発達した結果、家の中には毎日、過剰なほど丁寧に梱包された段ボールや緩衝材が運び込まれます。石油由来のプラスチックや、乾燥した梱包材。これらは、一度火がつけば、かつての薪や炭よりもはるかに高い熱量を放つ「極めて優秀な燃料」になります。

日本の「包む文化」が生み出した美しい包み紙や梱包材が、もしあの強風に乗って飛来する火の粉と出会ってしまったら……。 私たちは、実はとても「燃えやすい」平穏の上に立っているのではないでしょうか。

境界線はどこにあるのか

山火事は、自然が突如として描き出す「巨大な影絵」です。 太陽の光、あるいは夜を焦がす炎という光源が、山林というスクリーンに私たちの無力さを投影します。

あきる野に住む私たちにとって、扇山の火災は「隣の県の出来事」ではありません。 地形がつながり、風がつながっている以上、山梨の痛みはダイレクトに私たちの喉や目に届きます。煙が空を覆い、灰が風に乗って境界を越えてくるとき、私たちはようやく「行政区画」という人工的な線の無意味さを知るのです。

私たちが「現代影絵プロジェクト」を通じて伝えたいのは、ただのノスタルジーではありません。光があるところには必ず影があり、その境界線は常に揺れ動いている。そして、その影をコントロールしているつもりでいる私たち人間もまた、大きな自然のサイクルの一部に過ぎないという事実です。

凪を待つ、その先へ

今もなお、現地では懸命な消火活動が続いています。 避難指示が出された地域の方々、あるいは今この瞬間も不安な夜を過ごされている皆さんに、心からお見舞い申し上げます。

私たちができることは、今はまだ少ないかもしれません。 けれど、この「風の音」を忘れないことはできるはずです。 文明の光で闇をすべて照らし出そうとするのではなく、時折その光を消して、山から吹き下ろす風の音に耳を澄ませること。自分がどれほどの「燃料」を抱えて生きているのかを、静かに見つめ直すこと。

それが、自然という名の巨大な影と共に生きていくための、最初のステップになるのではないかと思っています。

山に再び静寂が戻り、風が凪ぐその時まで。 私たちはこの「光と影」の戦いを、しっかりと目を見開いて注視し続けていきたいと思います。

皆さんも、今夜は少しだけ窓の外の風の音に、耳を傾けてみませんか。

このブログを読んで、少しでも写し絵と、創作の奥深さに興味を持っていただけたら嬉しいです。ぜひ、私たちの活動や公演(現在お休み中)にも注目してください。

現代影絵プロジェクトのウェブサイトはこちら: https://utsushie.org/

また次回の「写し絵の話しあれこれ」でお会いしましょう!