消えた左右確認と、夜に踊る影の正体――2025年の終わりに

皆さま、こんばんは。現代影絵プロジェクトのブログ『写し絵の話しあれこれ』へようこそ。 早いもので、2025年も残すところあとわずかとなりました。

私たちのプロジェクトにとって、この一年は「光」と「影」の可能性を追い求め、各地で皆さまと出会えた素晴らしい一年でした。公演やワークショップを通じて、多くの方に影絵の魅力を知っていただけたこと、心より感謝申し上げます。

さて、今日は少し趣向を変えて、私が夜の街で目撃した、ある「現実の影」についてお話しさせてください。

街灯の下で踊った、不吉なシルエット

舞台は、東京都あきる野市の秋川駅前の事です。 都会のような煌びやかなネオンはありません。夜も深まれば、駅前の商店街はひっそりと静まり返り、看板の電気が数軒分、暗闇の中にぼんやりと浮き上がっている……。そんな、少し寂しくも落ち着いた風景の中を歩いていました。

そこまで真っ暗なわけではありませんが、光が少ない分、ひとたび光が当たれば、そこには驚くほど濃い「影」が伸びる。そんな夜でした。

その時です。私の視界の端に、アスファルトの上を猛烈な勢いで滑り込んでくる「黒い塊」が見えました。

「……ッ?!」

一瞬、心臓が跳ね上がりました。それは、実体よりも先に私に届いた「警告の影」でした。 その影の主は、一人の歩行者。彼は左右を一度も見ることなく、まるでそこに車という存在がこの世に存在しないかのように、全速力で横断歩道を駆け抜けていったのです。

幸い、その時は車が来ていませんでした。しかし、もし看板の明かりが彼の影を路面に映し出してくれていなかったら、私は彼の存在に気づくのが一瞬遅れていたかもしれません。私が車だったら接触していたかもしれません。あの影は、私に危機を知らせてくれた、闇からの使いのように感じられました。

「無敵」になった歩行者たちの危うさ

それにしても、なぜ彼はあんなにも無防備に、命を預けるようにして道路へ飛び出せたのでしょうか。

その背景を考えていくと、どうしても最近の交通事情、特に警察による「歩行者優先」の行き過ぎた取り締まりのあり方に突き当たります。

もちろん、歩行者が守られるべき存在であることは間違いありません。横断歩道に人がいれば止まる。これは運転者の義務です。しかし、最近の取り締まりの現場を見ていると、どうも本質がズレているように感じてならないのです。

私の地域の白バイ警官たちは、それはもう熱心です。歩行者が横断歩道に一歩でも足をかけようものなら、たとえ車が安全に通り過ぎられる距離であったとしても、間髪入れずにサイレンを鳴らします。 「とにかく歩行者を絶対神として扱い、車を検挙する」 そのノルマ第一主義とも取れる姿勢が、街の空気をおかしな方向に変えてしまっています。

この取り締まりが常態化した結果、何が起きたか。 それは、歩行者側の「過剰な甘え」「生存本能の欠如」です。

「自分が渡れば、警察が目を光らせているから車は絶対に止まる」 そんな歪んだ安心感が、かつて私たちが子供の頃に叩き込まれた「自分の身は自分で守る」という当たり前の意識を塗りつぶしてしまいました。

昔の交通安全教室に、今の警察官は立てるか

思い出してみてください。 昔は学校の校庭に警察官がやってきて、白いラインを引いた模擬道路で、私たちは何度も練習させられました。 「右を見て、左を見て、もう一度右を見て」 「運転手さんと目を合わせましょう(アイコンタクト)」

そこには、道路という場所が、鉄の塊である車と、生身の人間が交差する「危険な共有地」であるという教えがありました。ルール云々の前に、物理的に弱い自分がどう振る舞えば生き残れるかという、動物的な知恵の伝承だったはずです。

しかし、今の取り締まりは、そうした教育の成果を根こそぎ奪っているように見えます。 白バイ隊員が「車を捕まえること」に執着するあまり、歩行者は「左右を確認する」という命を守るための基本的な動作を忘れ、スマートフォンに目を落としたまま無造作に道路へ踏み出すようになりました。

取り締まりが厳しくなればなるほど、歩行者は「無敵モード」に入り、結果として今回私が目撃したような「夜道でいきなり飛び出す影」という、最も恐ろしい事故の種を自ら撒き散らしている。これはあまりにも皮肉な光景ではないでしょうか。

影は、光と他者があってこそ存在する

現代影絵プロジェクトとして、私たちは日々「影」と向き合っています。 影というものは、光があるからこそ存在し、遮る物(対象)があるからこそ形を成します。

道路における「安全」も同じではないでしょうか。 歩行者という「光」と、運転者という「光」。お互いがお互いの存在を認め、その間に生まれる「間(ま)」を意識することで初めて、平穏な影が路面に落ちるのです。

警察官の皆さんには、ぜひ考えてほしいのです。 点数を稼ぐために物陰に隠れ、車を捕まえることだけが仕事でしょうか。それよりも、左右を見ずに飛び出す歩行者に対して、「君、自分の命をそんなに安売りしちゃいけないよ」と、厳しくも愛のある指導をすることの方が、よほど尊い仕事ではないでしょうか。

おわりに:自分の影を見失わないために

夜の駅前、私を驚かせたあの影。 それは、今の社会が忘れかけている「警戒心」という名のシルエットだったのかもしれません。

私たちは、法律やルールに守られているのではなく、自分自身の観察眼と、他者への想像力によって生かされています。 「止まってくれるだろう」という思い込みは、時にどんな闇よりも深く、私たちの視界を遮ります。

今夜、皆さんがお帰りの際、もし街灯の下を通ることがあれば、ふとご自身の足元を見てみてください。 その影は、ちゃんと周囲の状況を把握して、慎重に動いていますか? ルールという見えない鎧に頼りすぎて、自分の体が「透けて」しまってはいませんか?

私たち現代影絵プロジェクトも、ただ美しい影を作るだけでなく、こうした日常に潜む「ハッとする影」のメッセージを大切にしていきたいと思っています。

それでは、今夜も安全な夜道を。 あなたの影が、明日も元気に地面を歩いていますように。

2025年もいよいよ幕を閉じます。 この一年、現代影絵プロジェクトを支えてくださった皆さま、本当にありがとうございました。 新しい年が、皆さまにとって光り輝くものとなりますように。

2026年も、私たちは新しい影絵の表現を追求し、皆さまに驚きと感動をお届けできるよう精進してまいります。 年末年始、どうぞお車にも歩行者にも気をつけて、健やかにお過ごしください。

良いお年をお迎えください!